2001年 01月 24日
パソコン回顧録  思い出のプログラムⅡ
Ⅴ.思い出のプログラムⅡ

BASICコンパイラ
 BASICを機械語に変換するプログラムです。BASICで書きました。BASICでBASICを機械語に変換する。ちょっと考えると不思議な感じがしますが、作りました。最近はVB(VisualBASIC)などで当たり前になっている機能ですが、当時はコンパイル機能を持った市販のBASICはありませんでした。自信作の一つです。
 このコンパイラは整数しか使えない、配列は1次元のみ、演算子に優先順位はない等々、制限の多いものでしたが、変換後の速度は100~200倍になりました。VB等のコンパイラは10倍になればいいほうと聞いていますから、速度だけはVBより優れています。アスキーに投稿しましたが、ボツになりました。  

d0001300_2144736.jpg音楽演奏
 今はパソコンで音楽が演奏できることは当たり前ですが、当時のパソコンはビープ音といって「ピーッ」という音しか出ませんでした。そこで考えました。例えば、このビープ音を一秒間に500回ON・OFFすれば500Hzの音になるのではないかと。やってみると思ったとおり出来ました。さっそくプログラムを書きI/Oという雑誌に投稿しました。投稿した月に、もっといいプログラムが掲載されました。当然ボツでした。私のプログラムは、C4E4D8F2というふうに音符データを記号で入力するようになっていましたが、掲載されたプログラムは五線紙上に音符を書き込むものでした。
 Ryochanは携帯を持っていませんので詳しいことは分かりませんが、着メロの入力方法もこうなっているようです。いつの時代も限られた機能を使って何かしようとすると同じ発想になるみたいです。

 この他にも色々なプログラムを書きましたが、雑誌等に掲載されることはありませんでした。結局、Ryochanのスキルアップの速度よりもパソコン社会の発展の速度が圧倒的に速かったということです。アマチュアがソフトを作る時代から、プロが作ったソフトを使う時代に移りつつありました。
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# by ryochan_ex | 2001-01-24 23:50 | パソコン回顧録 | Trackback | Comments(0)
2001年 01月 24日
パソコン回顧録  PC8801mkⅡSR
Ⅵ.PC8801mkⅡSR
 PC8001の売れ行きを見た電機メーカー各社は、パソコン販売がビジネスとして成り立つことを確信し、1980年から1982年にかけて相次いでパソコンを発表しました。1982年には、前出のシャープの他、富士通、日立、東芝、松下など大手電機メーカー製パソコンが出揃いました。富士通、日立はメインフレーム(汎用大型コンピューター)で培った技術を武器にハード性能ではPC8001をはるかに凌ぐ製品を発表していました。

 1985年1月、NECからPC8801mkⅡSRが発売されました。PC8801mkⅡSRは、PC8001と完全互換を実現しつつ富士通、日立等、後発メーカー製パソコンを凌ぐ性能を実現していました。買い替えを考えていたRyochanは、一時、富士通に傾いていましたが、PC8001完全互換が決め手になり、通販でPC8801mkⅡSRを購入しました。1985年には既にパソコンは一般の大型電気店で販売されるようになっていましたが、まだ現在のような安売りはしていませんでした。

 下この写真がRyochanのパソコン第2号となっPC8801mkⅡSRです(写真はmkⅡSRの前身であるmkⅡですが、外観は全く同じです)。外観は既に現在のパソコンと変わりません。
d0001300_13133950.jpg

 わくわくしながら届いた箱を開け、一通りの接続を終え、スイッチON、デモプログラムをはしらせる。内臓スピーカーからビバルディーの四季が流れ、画面には四季の風景がアニメーションで表示されました。PC8001では考えられない美しいグラフィック、素晴らしい和音を奏でるFM音源の音色に、パソコンもここまで進歩したんだなーっと感慨深いものを感じました。これ以上の性能は必要ないのではないかとも思いました。まさに隔世の感でした。

PC8801 mkⅡ SR スペック表
CPU ザイログ製Z80A(8bit)
クロック 4.0MHz、8.0MHz切替
ROM メイン34KB、漢字128KB
RAM メイン64KB、グラフィッ48KB
グラフィック 640×200、8色。640×400モノクロ。
音源 FM音源内臓、6音同時発生可能。
フロッピーディスク 5インチ2D(320KB)2ドライブ内臓
使用言語・OS N88・DiskBASIC
価格 258,000円(2ドライブ内臓モデル)

 BASICとともに発展してきた8bitパソコンですが、PC8801mkⅡシリーズを最終進化形として、BASICとともにその役目を終えることになります。次の時代を担うNEC・PC9801の時代が始まっていました。


第2章「BASICの時代」、完
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# by ryochan_ex | 2001-01-24 23:49 | パソコン回顧録 | Trackback | Comments(0)
2001年 01月 24日
パソコン回顧録  NEC・PC9801
第三章  <MS-DOSの時代>

Ⅰ.NEC・PC9801

 1982年12月、NECからCPUに16bitのμPD8086(Intel8086コンパチ)を使用したパソコン、PC9801が発売されました。Ryochanはこの時期、PC8001で楽しんでいましたし、2台目のパソコンは先にも書いたとおりPC8801mkⅡSRですからPC9801は当然ですが購入していません。しかし、PC9801シリーズは日本のパソコンの歴史に大きな足跡を残した製品です。パソコンの歴史を語る時、NEC・PC9801のことを書かないわけにはいきません。そんな訳ですから、受け売りになるかもしれませんが、PC9801のことを書きます。

 PC9801(右の写真)はNECがビジネス市場をターゲットに開発したパソコンです。当時のNECの販売戦略は個人市場はPC8001を主体とする8bit機、ビジネス市場は16bitのPC9801というものでした。PC9801の初期モデルは当時、一般的であったROM・BASICでの使用が前提となっていましたが、フロッピーディスクインターフェイスを標準で装備するなど、ディスクでの使用も視野に入れた設計になっていました。
d0001300_2154410.jpg

 実は日本で最初の16bitパソコンは三菱電機が1981年に発売したMulti16です。初代PC9801は前述のようにMS-DOSではなくROM-BASICでの使用が標準となっていましたから、PC9801の発売を境にしてMS-DOSの時代が始まったという訳ではないのですが、パソコン発展の歴史を振り返ってみると、やはりPC9801の発売が日本におけるMS-DOSの時代の始まりであったと思います。

PC9801 スペック表
CPU NEC製μPD8086(Intel8086コンパチ、16bit)
クロック 不明
ROM 96KB(漢字ROMはオプション40,000円)
RAM メイン128KB、グラフィッ96KB
グラフィック 640×400、8色
音源 なし
高解像ディスプレー 14インチ(別売 215,000円)
フロッピーディスク 8インチ(388,000円)及び5インチ接続可(オプション)
ハードディスク 10MB(オプション)2台接続可
使用言語・OS N88・BASIC(86)、MS-DOS(オプション)
価格 298,000円(本体のみ)

 PC9801シリーズはこの後、さまざまなモデルが発売され、日本のパソコン市場を席巻するまでに成長しました。まさに1強多弱、NECの独占市場でした。PC9801シリーズがこれほどまでに支持を得た理由は何なのか? このことに関しては様々な理由があると思いますが、最大の理由は、優れたソフトの多くがPC9801シリーズでしか使用できなかったことであるとRyochanは思います。当時のパソコンはメーカー間のソフトの互換性は全くありませんでした。PC9801シリーズ用のソフトは他メーカーのパソコンでは作動しませんでした。
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# by ryochan_ex | 2001-01-24 23:48 | パソコン回顧録 | Trackback | Comments(0)
2001年 01月 24日
パソコン回顧録  IBM5550
Ⅱ.IBM5550

 MS-DOSはマイクロソフト・ディスク・オペレーティング・システムの略です。マイクロソフトがIBMの依頼を受けてCP/M(コントロール・プログラム/マイクロコンピューター)の流れをくむ86-DOSを改良して開発したものです(このあたりの裏話は面白いものがあります。マイクロソフトが巨大企業になるプロセスが見えてきます。興味のある方は調べてみると面白いですよ)。

 PC8001、PC8801と経験してきたRyochanですが、当時OS(オペレーティングシステム)の概念を持っていませんでした。現在ではOSを抜きにパソコンを語ることは出来ませんが、当時はBASICがOSのようなものでしたから、プログラム言語とOSの違いが良く分かりませんでした(ディスクへのアクセスはDisk・BASICで行っていました)。そんなおり、職場でオンラインシステムを導入することになりました。導入するシステムは職場に端末を置き、工場のホストコンピューターと繋いで品質管理を行うものです。Ryochanはプログラムが理解できるという特技を買われ、システム構築に参画することになりました。その時導入されたパソコンがIBM5550シリーズでした。

 下の写真がIBM5550です。5550はマルチステーション(ホスト端末、ワープロ、パソコンの一台三役との意味)と銘打ってIBMがビジネス市場をターゲットに発売したパソコンです。CPUは16bitのIntel8086、5インチ640KBフロッピーディスク3連装、1024×720グラフィック可というものです。PC8801を使っていたRyochanからみると、とんでもないハイスペックマシンでした。
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 5550にはMS-DOS(DOSV?)の原型となるK・DOSという漢字に対応したDOSが標準で搭載されていました。K・DOSとMS-DOSは内部的には異なる部分が多いのでしょうが、コマンド構成をはじめ、ユーザーインターフェイスはMS-DOSと同じものでした。RyochanはこのK・DOSで初めてOSなるものに触れました。特に手打ちコマンドをパラメーターによる条件判断を行いながら自動化出来るバッチプログラムには、「OSってすごい」と単純に感動しました。

d0001300_20594394.jpg 5550でRyochanが初めて体験したものに表計算ソフトがあります。5550にはマルチプランという表計算ソフトが付属していました。 パソコン用にはじめて開発された表計算ソフトはアップルⅡ用のビジカルクです。その後、マルチプラン、ロータス123、エクセルと続きます。Ryochanはプログラムが書けましたから「マルチプランなんて所詮子供のおもちゃ」みたいな感じで冷ややかに見ていましたが、ワープロ機能とともに表計算ソフトがパソコンの一般普及に果たした役割は大きいものがあると、今から見ると思います。NEC全盛期にはロータス123を使っていたRyochanですが、最近はエクセルに宗旨変えしています。結局、この世界は「長いものに巻かれろ」がいいみたいです。かっこよく言えばグローバルスタンダードと言うのでしょうか。
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# by ryochan_ex | 2001-01-24 23:47 | パソコン回顧録 | Trackback | Comments(0)